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2011年11月09日

尾崎豊の死の真相!?文芸春秋に「遺書」全文掲載! a

1992年(平4)に急死した歌手の尾崎豊さん(当時26)の「遺書」が、月刊文芸春秋に全文掲載されることが、発表された。

尾崎さんの死については、後2年の94年に他殺説が浮上し、署名運動や裁判にまで発展するなど社会的に大きな関心事となった事で有名。
今でもその死因の不可思議さから、尾崎の生涯を題材にした漫画作品やテレビ番組でも、尾崎の死の様子について描写した作品はない。


92年4月25日早朝、東京都足立区内の住宅街で全裸で傷だらけで倒れている尾崎さんが発見された。
同日午後0時6分に死亡。
死因は極度の飲酒による肺水腫と発表されていた。

だが、2年後の94年に尾崎さんの体内から検出された覚せい剤について触れた、司法解剖の結果が記された「死体検案書」のコピーが外部に流出した事をきっかけに、他殺説が浮上。
尾崎さんの実父健一さん、実兄康さんやファンが再捜査を求め、10万人嘆願署名活動に発展し、再捜査嘆願書が警察に提出されたが受理されなかった。
警察は、状況捜査や司法解剖を行った結果から「事件性なし」として調査を終結している。
この騒動によって、身の危険を感じた尾崎の妻の繁美さんは、長男裕哉さんと共に渡米した。

確かに、尾崎の遺体には暴行を受けたような傷やあざもあり、亡くなった日の状況も不自然だ。
だが、検死をした支倉逸人氏の著書によれば、擦過傷と打撲傷をじっくり調べた結果、他殺をうかがわせるようなものはなく、尾崎の死因は、致死量の2.64倍以上の覚醒剤の服用による、急性メタンフェタミン中毒が引き起こした肺水腫であると結論付けられている。


「遺書」の全文が掲載されるのは、明日10日発売予定の月刊文芸春秋。
記事では「尾崎豊の遺書『さようなら 私は夢見ます』」を執筆したジャーナリストの加賀孝英氏が、没後20年を前に、94年当時に入手していた「遺書」と、尾崎さんと繁美夫人とのやり取りを明かしている。
posted by お天気そらじろう at 17:00| 歌手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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