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2011年11月23日

落語家の立川談志さん亡くなる。享年75歳

落語家で参院議員を務めたこともあった立川談志さんが21日午後2時24分、喉頭がんのため東京都内の病院で亡くなった。75歳だった。
23日、密葬が行われたが、後日お別れの会を開く予定。
妻の則子(のりこ)さんが喪主を務める。

談志さんは東京都出身。
1952年、16歳の時に“五代目柳家小さん”に弟子入りし“小よし”を名乗った。
63年には“五代目談志”を襲名し真打ちに昇進し、落語家としてカリスマ的人気を誇った。

「伝統を現代に」というスローガンを掲げ、江戸情緒を大切にしつつ現代的な感性で古典落語を捉え、戦後の落語界に大きな功績を残した。
「落語とは人間の業の肯定」という思想を持ち、みごとな心理描写で「芝浜」「紺屋高尾」などの人情ばなしを語り、評価が高かった。
落語を愛し、65年には落語人気を促進しようと、のちの「笑点」(日本テレビ系)の元となる番組を自身で企画。69年まで「笑点」の初代司会者を務めた。

また『毒舌家』としても知られ、高座でもテレビや雑誌などのメディアでも、政治や社会を鋭く風刺。
談志さんの言動が物議を醸した事も少なくない。

71年、タレント議員の活躍に触発されて参院選全国区に立候補してみごと当選。
75年12月には、沖縄開発庁政務次官に就任するも、飲酒トラブルなどのスキャンダルが発覚し、翌年1月に辞任となった。

83年、真打ち制度のあり方について落語協会と対立。
協会を脱会し、落語立川流を創設して家元を名乗った。
家元となった談志さんは、”志の輔”“談春”“志らく”さんなど、人気も実力も持ち合わせる落語家を育てた。

体調の方はと言うと、97年に早期の食道がんであることを発表。
09年8月に、糖尿病などの治療のため休養生活に入った。
10年4月に念願の高座復帰を果たしたが、ほぼ声が出ない状態が続いた。
そして今年3月、ストレス性胃潰瘍で一時入院しこれまで療養を続けていたが、10月27日に容体が急変。約3週間意識不明の状態が続き、11月21日、意識が戻らないまま帰らぬ人となった。
posted by お天気そらじろう at 21:39| 落語家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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